泉涌寺略年表

西暦 元号 関連事項 参考事項
1166 仁安 元 開山・俊律師、肥後国飽田郡味木荘に生まれる。  
1199 建久 10  律師、求法のため入宋。 源頼朝没する。
1211 建暦 元 律師、帰朝。  
1218 建保 6 豊前守宇都宮信房、俊律師に仙遊寺を寄進。寺名を泉涌寺と改める。  
1219 承久 元 律師、泉涌寺「勧緑疏」を作る。 源実朝、公暁に殺される。
1224 貞応 3 後堀河天皇綸旨により、泉涌寺は御願寺となる。 親鸞「教行信証」を著わす。
1226 嘉禄 2 諸殿堂落成、律を本宗とし、真言・天台・禅・浄土四宗兼学の道場となる。  
1227 嘉禄 3 律師遷化(62歳)、泉涌寺南山に埋葬する。 道元、宋から帰朝。
1234 文暦 元 後堀河天皇崩御、観音寺の近傍に奉葬する。 幕府、専修念仏を禁止。
1242 仁治 3 四条天皇崩御、泉涌寺に奉葬する。  
1246 寛元 4 理性房道玄の発願により『仏制比丘六仏図』刊行(最古の泉涌寺版) 京都大火(六角堂・建仁寺等焼失)
1255 建長 7 湛海が宋から帰朝。仏牙舎利、楊貴妃観音像、十六羅漢像、月蓋長者像、韋駄天像などを将来したという。 北条時頼、建長寺の巨鐘を鋳る。
1372 応安 5 後光厳上皇、別院として雲龍院を創建と伝える。 五山文学の盛行。
1374 応安 7 後光厳上皇崩御、当山に火葬分骨、奉葬する。 足利義満、花の御所を造営(1378)。
1393 明徳 4 後円融上皇崩御、当山に火葬分骨、奉葬する。 南北朝合一(1392)。
1411 応永 18 後小松天皇、俊律師に「大興正法国師」の国師号を授けられた。 足利義持、一休宗純と会う。
1428 正長 元 称光天皇崩御、当山で火葬、奉葬する。  
1433 永享 5 後小松上皇崩御、当山で火葬、奉葬する。  
1441 嘉吉 元 後花園天皇の御願により、当山で曼荼羅供を修する。 高野山金堂建立。
1468 応仁 2 兵火により一山炎上する。 応仁の乱(1467〜1477)。
1470 文明 2 後花園上皇崩御、当山炎上のため洛中の悲田院で火葬。 醍醐寺堂舎多く兵火にかかる。
1486 文明 18 開山堂再建、後土御門天皇「霊光」の勅額を賜う。 山城国一揆(1485〜93)。
1492 明応 元 後土御門天皇、泉涌寺再興綸旨を下される。 石山本願寺建立(1496)。
1500 明応 9 後土御門天皇崩御、当山で火葬、奉葬される。  
1522 大永 2 後柏原天皇、舎利殿造営ならびに勧進の綸旨を下される。  
1526 大永 6 後柏原天皇崩御、当山で火葬、奉葬する。  
1551 天文 20 善能寺、勅命により泉涌寺山内に移転する。 ザビエル、鹿児島に来る。キリスト教伝来(1549)。
1557 弘治 3 後奈良天皇崩御、当山で火葬、奉葬する。  
1574 天正 4 織田信長の泉涌寺造営工事。 信長、石山本願寺を攻める。
1584 天正 12 法安寺、楊柳寺、伏見より山内に移建される。 本能寺の変(1582)。
1585 天正 13 豊臣秀吉、朱印状を下し、寺領494石を安堵する。 秀吉、天満の地を本願寺に寄進する。
1593 文禄 2 正親町天皇崩御、当山に奉葬する。 京都方広寺大仏殿上棟。
1611 慶長 16 紫宸殿を御下賜、海会堂とする。 幕府、キリスト教を禁止。
1615 元和 元 徳川家康、寺領601余石の朱印状を泉涌寺に寄せる。 大阪夏の陣。
1617 元和 3 後陽成天皇崩後、当山に奉葬。 日光東照宮完成。
1645 正保 2 戒光寺、当山山内に移転、復興成る。  
1646 正保 3 悲田院、当山山内に移転、復興成る。  
1648 慶安 元 後光明天皇、天海版一切経を奉納される。  
1654 承応 3 後光明天皇崩御、当山に奉葬する。 黄檗山の隠元長崎に来る。
1669 寛文 9 後水尾上皇・霊元天皇の勅命を受け、徳川家綱の当山再興成る。 狩野探幽・山楽・常信らが活躍。
1676 延宝 4 開山国師450年遠忌、勅会大曼荼羅供を厳修する。 増上寺炎上。
1677 延宝 5 後水尾法皇勅願「妙応殿」創建成る。 浅草寺焼く。
1680 延宝 8 後水尾法皇崩御、当山に奉葬する。 鉄眼の一切経成る(1681)。
1685 貞享 2 後西天皇崩御、当山に奉葬する。  
1696 元禄 9 明正天皇崩御、当山に奉葬する。  
1718 享保 3 筆の大涅槃像が奉納される。 享保の改革(1717)。
1732 享保 17 霊元天皇崩御、当山に奉葬する。  
1737 元文 2 中御門天皇崩御、当山に奉葬する。 山城に煎茶製造の始め
1750 寛延 3 桜町天皇崩御、当山に奉葬する。 二条城天守、落雷で焼失。
1762 宝暦 12 桃園天皇崩御、当山に奉葬する。  
1779 安永 8 後桃園天皇崩御、当山に奉葬する。  
1813 文化 10 後桜町天皇崩御、当山に奉葬する。  
1826 文政 9 開山国師600年遠忌、勅会大曼荼羅供を奉修する。  
1834 天保 5 高祖弘法大師1000年遠忌曼荼羅供を厳修する。 大坂大火、諸寺院焼失。
1840 天保 11 光格天皇崩御、当山に奉葬する。 天保の改革(1841)。
1846 弘化 3 仁孝天皇崩御、当山に奉葬する。  
1861 文久 元 諸堂舎再建工事完了、遷座式を行う。 桜田門外の変(1860)。
1866 慶応 2 孝明天皇崩御、翌年当山に奉葬する。 大政奉還(1867)。
1876 明治 9 京都御所御黒戸奉安の御念持仏を当山海会堂へ遷座、諸寺院の御尊碑を当山へ合祀する。  
1878 明治 11 御陵、宮内省の所管となる。  
1907 明治 40 真言宗泉涌寺を称する。 日露戦争(1904〜05)。
1915 大正 4 海印寺高麗版大蔵経6803巻奉納される。  
1976 昭和 51 開山大師750年遠忌大曼荼羅供を厳修する。  


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